雨の中
動くこともできなくて
寒さと痛さだけを感じながら
ただ、俺は震えていた
自分が誰なのかも分からなくて
泣いていた俺に あの人は手を差し伸べてくれた
その手は優しくて とても温かかった
月と太陽の物語
「今回も相変わらずのお騒がせぶりね、ルナ」
少し前に起こっていた手のかかる三角関係事件は無事、解決したようだ。
まぁ結果は目に見えていた感じではあったが、麗とルナが結ばれて
俺の弟子である夢幻はおとなしく手を引いたようだ。
しかし…初めて出会った頃のルナからは想像できないほどの変貌ぶりだよなぁ…
最初はホントに戦闘マシーン!みたいな怖い目つきで表情も凍ってたし…
それが今では好きな男のために泣いたり笑ったり、必死になって追いかけたり
表情もだいぶ穏やかになってきたし、何より以前と比べて『優しさ』が溢れてる。
「アンタが来てからホント退屈しないわよ、まったく…」
「いいじゃないか。退屈なのは嫌いだろう?」
「あら、アンタも言うようになったじゃない」
「これも李苡のおかげだ」
「それ、どういう意味かしら?」
たわいもない会話をして、ふと見せる自然な笑顔は確かに魅力的だ。
麗も夢幻も、そんなルナの魅力を知っていたから惹かれたんだろうなぁ…
「急患です!直ちに応急処置を…!!回復系の技が使える方はご協力をお願いします!!」
俺にしては珍しくそんな考え事をしていると、何やら基地の入り口付近から
大きな声で助けを求める声がしてきた。
「今の声…月詠じゃないか?」
「A隊の任務で何かあったのかしら…!?」
そういえば、今日はA隊で任務があるって先生が…
まさか…先生に何か…っ!?
「先生…!!」
「ダメよ!バカ恐竜!!」
不安になり部屋を飛び出そうとした俺の腕を李苡は力強く掴み引き止めた。
「私達は回復系の技を使えない。現場に行っても邪魔になるだけだわ」
李苡は冷静にそう言い放った。
確かに、俺は回復系の技は使えない…その場にいても邪魔になるだけだ…
「師匠…!!」
その時、さっき月詠の声がした方向から夢幻が走ってきた。
夢幻の白い服は所々真っ赤な血がついていて、顔面蒼白の状態だった。
回復系の技が使える夢幻は応急処置に携わっていたんだろう。
今の夢幻の状態を見ると、怪我人は相当な重傷だということが分かる…
「カルムさんが…っ!」
「…っ!!?」
夢幻の口から先生の名前が出た瞬間、悪い予感は一気に現実的なものへと変わった。
「先生がどうしたんだ!?」
「今…すごい怪我で…意識が無くなる前にどうしても師匠に話したいことが
あるから…呼んできてほしいと言われて…っ!!」
俺はすぐに部屋を飛び出し、先生のところへと全力で走った…!
先生…っ!先生は強いから大丈夫だよな…!?
少し大きい怪我してもいつも笑ってこんなのは大したことないって言うじゃんか!
今回だって…なぁ、大丈夫って笑ってるんだろ…先生!!
「ウィル君!早く、こちらです!!」
今までに見たことのないような月詠の顔。夢幻以上に服が血で染まってる…
「先生…っ」
その先で見たものは、医務室の緊急ベッドの上で横たわる先生の姿…
咳き込むたびに口からは大量の血が流れ出る、口だけじゃない…耳からも、
目からも…体内の血が溢れんばかりに外へと流れ出している…っ
「ウィル…君…かい?」
多分俺の姿は見えてないんだろう…すぐに先生の手を握り声をかけた。
「先生…!俺は…ここにいる…ぞ…っ!!」
握った先生の手は冷たかった。
流れ出る赤い血は生暖かくて、止まってくれとただ願った。
しかしその願いも虚しく先生の手は冷たく、色を失っていく…
目の前にある絶望を信じたくないのに、握り締めるこの手が
その絶望から目を背けさせてはくれない。
「僕は…もう、時間がない…だから…手短に……話すよ…」
苦しそうな先生の声
俺はただ力強くこの手を握るしかなかった
「近いうちに…彼らは…必ずキミに接触してくる……だけど…絶対に…
彼らと…戦ってはいけない……」
俺は先生の言う“彼ら”が誰のことかは分からない。
でも、俺は先生の言うことを黙って聞いていた。
「キミが…“あの事件”の当事者であっても……たとえキミが…“他の者とは違う命”でも…
キミは僕の…自慢の息子であって…キミは…僕の……未来であることに…変わりは…な…いよ……」
強く 強く 冷たくなる手を握り締めて
大きく頷いて 無理矢理に笑顔を作ってみせた
先生がいつも褒めてくれた笑顔
今の先生に俺の顔は見えていないんだろう。
だけど、先生はいつもの優しい笑顔で返してくれた。
「これ以上は危険です!今から手術の準備を!!」
月詠がそう言うと、緊急医療チームの何人かを連れて医務室へと
先生を運んでいった。
手には冷たい感触。温もりは残っていない。
服は真っ赤な血で染まった。
「どうして…なんだよ……」
俺は力なくその場に崩れ落ち、血で染まった自分の手を握り締めた。