雪の記憶

 

 

周りには誰もいない

 

幼い自分が泣いている

 

 

真っ白な雪の中で

 

小さな黒い塊が声を上げて泣いている

 

 

 

何もかもを壊されて泣いているのだろうか

 

 

 

それとも

 

 

 

 

これから始まる殺戮の日々に泣いているのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

太陽の物語

 

 

 

 

 

 …嫌な夢を見た。

 

 目の前で親を殺され、双子の兄は闇に封印され、悲しんでいる暇さえなく捨てられた

 まだ幼い、長い黒髪の女の子が悲鳴に似た声で泣いていた。

 

 

 

 そう、“わたし”だ。

 

 

 

 俺ではない。あの少女はわたしなのだ。

 純粋で、まだ何にも汚されていない無垢な瞳の女の子。

 

 その女の子はもういない。

 “わたし”は、あの時に“俺”が殺したんだ。

 

 

 

 

 

 長い髪を切った

 

 美しいドレスを破った

 

 

 そして“俺”が生まれ、“わたし”は死んだ。

 

 

 

 

 

 あの狂ったような悲鳴は“俺”の産声  そして“わたし”の断末魔の叫び

 

 

 

 

 

 これから多くの者を殺めるであろう“俺”は

 まず最初に自分を殺した。そう、“わたし”を殺めた。

 

 もう純粋無垢なわたしはいない。

 今は、体中を他人の返り血で染めた汚い俺なのだ。

 

 

 

 生きているのが わたしの罪

 

 生きていくのが 俺の罰

 

 

 

 

 

 

 窓から外を見た。

 真っ白な雪がチラチラと灰色の空から降っていた。

 

 昨日の夜、俺が寝ている頃に降り始めたのだろうか、

 世界の全てはすでに虚無の色に染まり、何一つ汚れを見せない白で覆いつくされていた。

 

 

 

 

 

 

 もう いいかな

 

 そろそろ “わたし”と 眠っても

 

 

 

 

 

 

 何か優しい声が心に堕ちた。

 

全てを包み込んでくれるような、全てを許してくれるような

 何もかもを諦めたような 優しい声

 

 

 俺は自分の両手を見た。

 

 自分の手には、この十年間に殺戮してきた他人の血がこびりついているように見えた。

 その中には、“わたし”の幸せを奪い、父や母を殺し、兄を閉じ込めた者達の血もついている。

 

 全ては終わったんだ

 

 奴らに復讐もしてやった。兄さんも助けた。

 兄さんにはもう沢山の仲間がいる。俺がいなくても大丈夫だろう。

 

 

 これで 俺の生きる意味は なくなった

 

 

 

 

 

 そろそろ 眠ろう

 

 “俺”も“わたし”も 罪も罰も 一緒に

 

 

 

 

 

 誰にも気づかれないように、雪の降る世界を歩いていった

 

 

 どこへ行くのか分からない

 

 

 歩き続けているだけ

 

 

 

 灰色の空からは永遠のように雪が舞い落ちてくる

 

 俺が今までつけてきた足跡も 雪に埋もれて消えていく

 

 

 

 

 

 ああ そうか

 

 何も 残らないのか

 

 

 

 

 

 

 苦しい永遠の迷宮を彷徨うように生きてきて

 

 必死に足掻いて、もがいて 運命に抗って 走ってきた命

 

 

 しかし結局、何も残らない

 

 生きてきた全ての証は “無”に戻るだけ

 

 産まれてくる前と同じ状態になる

 

 

 

 きっと それだけのことなんだ

 

 

 

 

 何故か急に虚しくなった。

 だったら、俺が生きてきた意味とは何だったのだろう?

 

 もし俺が生まれてきた理由が兄さんを守ることだったのなら、俺は生まれてきた意味がない。

 弱かった自分は兄さんを守ることができなかったから。

 そしてこれからは、俺でなくとも李苡やウィルが兄さんの傍にいてくれる。

 

 

 

 “生きる意味がなくなった”のではなくて、もともと“生きる意味がなかった”ということか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…そんな俺でも、幸せだったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポツリと呟いた声でさえも、雪の中に吸い込まれていく。

 本当に何も残らない。

 

 

歩いてきた足跡も 小さな声も 落とした涙も 密かな想いも

 

 

 

 

 

 

 

 それでもいいんだ

 

 俺は、少しの間だったけど 本当に幸せだった

 

 

 笑うこともできた

 

 

 ありがとう …ありがとう

 

 

 

 

 冷たい雪の上に倒れた

 

 空からは永遠と黒を埋めるための白が降り続ける

 

 

 

 

 

 

 「笑えてるかな…昔みたいに……――――」

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと目を瞑った

 

 白の世界は 徐々に黒に染まり 闇の世界へと変わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Back        Next