体の奥で響き渡るような 痛み
どうしようもない
どこが痛いのかも分からない
月と太陽の物語
「麗……入ってもいいですか…?」
「…夢幻か」
廊下から聞こえてくる夢幻の声はいつもより弱々しかった。
拙者は手入れをしていた刀を鞘に納め、部屋の扉を開けてやった。
「うわぁぁあん!!れ゛い゛ぃぃい゛ぃぃ!!!」
「うおっ!?ど、どうしたのだっ!?とりあえず落ち着け…っ!!」
扉を開けるなりすごい顔で泣きついてきた夢幻。
だいぶ泣いた後なのだろう、声が擦れていて目も腫れ上がっていた。
何とか興奮気味だった夢幻を落ち着かせ、話を聞くことにした。
「一体何があったというのだ?」
「じ…実は……前に話した初恋の…ニューラの女性に今日出会ったんです…」
「ほぉ、捜し続けていたという女子に……して、何故お前は泣いている?」
「……告白したら…フラれてしまいました…」
「…いくらなんでも見つけてすぐに告白とは…気が早いのではないか……?」
「そうですよね…今思えば見ず知らずの人にいきなり告白されても困りますし
フラれるのも当たり前といえば当たり前です…」
夢幻は五年前に通りすがりの女性に恋をした。
どうやらその女性は夢幻を救ったそうで、それからずっと恋焦がれているようだ。
夢幻はずっとその女性を探し続けたが、手掛かりはニューラの女性ということだけで
名前や年齢も分からないまま、無謀とも言える捜索を続けていた。
このグロリア軍に入隊したのもその女性を捜すためだ。
拙者も本家を抜け出し、夢幻の手伝いをするために入隊した。
…恋愛というものは拙者には理解し難い感情だ。
拙者は、人を愛することも、愛されることも知らずに育ってしまったからな…。
本家にはそのような愛情というものがない。
幼い頃より、誰にも…親にさえも愛されなかった拙者は愛情を知らずに生きてきた。
「他人を愛せることは大切だ…夢幻は、こんなにもその女子を想い続けてきた。
拙者は恋愛のことはよく分からぬ。しかし想いというものは必ず相手に伝わるものだ。
結果はどうであれ、その女子に夢幻の想いは伝わっているはず…」
「麗…」
「辛いのは夢幻だけでない、その想いを受け取った相手も同じだ。
想いを分かっていても、何らかの理由でその想いを受け入れることができぬのは
とても辛いこと…だから男であるお前が泣いていては女子はもっと辛いだけだぞ」
「…そうですよね……僕がしっかりしなきゃいけませんよね…!
ありがとうございました!やっぱり麗はいいこと言いますよね!さすが大人です!!」
「同い歳ではないか…」
「麗の方が老けて見えますからね!」
「お前が歳相応に見えぬだけだ」
先程まですごい顔で泣いていたが、どうやらもう大丈夫のようだ。
夢幻はこう見えても精神面は強い奴だからな。
「とにかく、僕は諦めませんよ!折角同じ隊にまでなれたんですから、これはきっと神様が
僕にくれたチャンスです!ルナさんに好きな人ができない限り、僕は何回フラれても追い続けますよ!!」
「そういえばお前、隊を移動したそうだな。確かS隊だったか?」
「そうです!なんとその初恋の女性がS隊にいたのですよ!本当に驚きました!!
そしてやっとその方の名前を知ることもできました!ルナさんっていうんです!!」
「ほう、ルナ殿と申すのか…」
S隊とはこの前の特別任務で出会ったな…
確かその時に見かけぬニューラが二人いた…よくは見ていないが、背が高い者と小柄な者だった。
思い起こしてみれば桃色の小柄な者は女子だったような…
もう一人の者は顔は見えなかったが背が高かったし声も低かったから、多分男だな。
ということは、あの桃色のニューラがルナ殿ということか?
「麗、本当にありがとうございました、おかげで元気になりましたよ!
僕も努力して、いつかルナさんに振り向いてもらえるように頑張ります!!」
「二人の仲が上手くいくよう、願っているぞ。
拙者に出来ることがあれば何でも言ってくれ、手伝わせてほしいのだ」
「ありがとう!麗!!僕も麗に好きな人ができたら全力で応援するからね!!」
「…懐かしいな、その口調」
「あ、そういえばそうだね。敬語が口癖になっちゃってるからさ…なんか、
この口調じゃ逆に落ち着かないんだよ」
「拙者はこっちの方が落ち着くが」
「うん、たまにはいいかもね。それにしてもこの口調で麗と話してると子供の頃を思い出すなぁ!」
「そうだな…」
そう、あの日から…
この右目の傷に誓った
ただ一人の親友が幸せになれるように
それが自分に出来る
唯一の罪滅ぼしだから
「…そんなに暗い顔しないでよ」
「ああ、すまん…」
「確かに僕達が子供だった頃はハッキリ言って楽しかったこともいい思い出もないけどさ、
それでも、今思い返してみれば子供時代も嫌いじゃないかもなんて思えるよ」
「夢幻は本当に強いな…」
「精神的に強くないと生きていけなかったからね。
でも、僕がこんな前向きになれたのも全部麗のおかげなんだよ」
夢幻はそう言って微笑んだ。
今になってはこのような笑い方ができるようになったが、昔の夢幻は本当に冷たかった。
偽りの自分を作らなければ生きていけなかったのだ。
それも全て、拙者の罪
「だから、もう自分を責めるのはやめてよ…あれは麗のせいじゃない…
ずっと続いてきた本家と分家の歴史が悪いんだ。
麗は僕の恩人なんだよ、今の僕がここにいるのは麗があの頃の僕に『生きている』ことを
教えてくれたから…だから僕は今ここに生きているんだよ…!」
「……拙者は少し外で刀の稽古をしてくる」
「麗…!」
お前がなんと言おうとも
たとえお前が許しても
拙者は自分を許せない
この罪は消えぬ
ならばせめてお前の望みを叶えてやりたい
こんなことしか出来ないが それが精一杯の償いだ
拙者は、刀だけを持って部屋を後にした。
外の気温は低く、冷たい風が拙者の体を通り抜けていく。
今宵は 月が美しい夜だ