自分達が圧倒的に不利なのは分かっている
勝利の確率は限りなく低いというのも分かっている
それでも、何故だろう
不安も恐怖も全く感じない
月と太陽の物語
バァンッ!!
勢いよく扉を開けた。
その音は決戦の合図のように、だだっ広い部屋に響き渡る。
「あら?予定より随分早いご到着ですこと…」
多数の敵の中心にいるアーボックと思われる女と、その横には…
「兄さん!!」
身動きを封じられ、気を失っている兄さんの姿があった
「貴様…っ!ただではおかんぞ…っ!!」
「あなた、そんな口を利ける立場かしらね…?周りの状況をよく確認してからにしなさい…?」
敵の数は想像よりも遥か上だった。
多分このような状況のことを絶望的な展開と言うのだろう。
絶望的だろうが何だろうが、俺に言わせてみれば『それがどうした』という感じだ
「これはもう作戦とか、そんな小細工は効かなそうね…」
「相手が質より量なら俺たちは量より質だぜっ!!」
「今度は私があの卑怯なクレド軍の人に跳び蹴りをお見舞いしてあげるんだから!」
「全く…グロリア軍にはお馬鹿さんしかいないようね…」
そう呟くとアーボックの女が不敵な笑みを浮かべて、指をパチンと鳴らした。
その小さな合図で、俺達を取り囲む大群が一斉に牙を剥いて襲い掛かった…!
「タアァァァアッ!!!」
「グハッ!!」
「まだまだぁっ!!ラアァッ!!!」
「ガッ!!」
アリスは見た目からは想像できないほどの強力な蹴り技で敵を蹴散らしていく。
最初は心配だったが、こんなにも戦える奴だとは…正直驚いている。
「ガアァァオォォォ!!」
ウィルは恐竜のような声をあげて、異型特有の翼で飛び、口から炎を吹き出す。
この攻撃方法は効率がよく、一気に何十人もの敵を一掃していた。
「“マジカルリーフ”!!」
「うっ!!」
「クソ女めっ!!」
「だったらテメェはクソ野郎だな、“エナジーボール”っ!!!」
「ぐああぁあっ!!」
「“草結び”っ!!“タネマシンガン”っっ!!!」
「がはっ!」
「ぐおっ!!」
李苡はやはり戦い慣れしていて、隙を見せない連続攻撃で規則的に倒していく。
敵の動きを見て計算しつつ確実に攻撃を当て、無駄な動きは全く無いという李苡らしい戦い方だ。
俺は種族の血で与えられたこの素早さと攻撃力を活かして接近戦打撃タイプの攻撃で
向かうものを切り裂いていく。
何とか兄さんの所へと行こうとするのだが、倒しても倒しても全く減らない敵の波に押され
逆にどんどん兄さんから遠退いてしまう…!
翼で飛んでいるウィルが敵の攻撃に邪魔されながらも何とか空中から兄さんの場所に近づいてきていた。
「異型のリザードンさん…可哀相に、その人型ながらも原型の翼を持つ醜い異型児…
あなたは人型でもなく、原型でもなく、どちらにも迎え入れられることのない、醜い異型なのよ…」
「うるせー!!異型だからなんだってんだ!人型でも原型でもないからなんだってんだ!!
別に悪いことじゃねーだろ!ただ少し皆と違うだけだ!それになぁ、迎え入れられないって
勝手に決め付けてんじゃねーぞオバサン!!俺にはグロリア軍の仲間が大勢いるし、
原型の仲間だって沢山いるんだからなっ!!」
「それはただの思い込み…あなたの都合のいいように考えてるだけの妄想よ…」
「んなわけねーだろバーカ!!俺はこの翼も気に入ってるし、自分が異型だってことも含めて嫌いじゃない!
自分が可哀相だなんて思ったこともねーし、むしろ得してると思ってるっ!!
異型だからこそ自分で飛べるんだぞ!あの空からの景色は異型だったから見れるんだっ!!」
「…醜いわ、それも全部、ただ自分が都合のいい方に考えてるだけじゃない…!」
「なんだと…っ!!」
「消えなさい…“溶解液”!!」
「うおっ…!!」
アーボックの溶解液がウィルの翼に直撃してしまった…!
ウィルの翼が一部溶けてしまい、酷い火傷をおって空中から落下した…っ
「ウィル…!!」
俺はウィルのもとへ行こうとするのだが敵の波が増える一方で近づくことも、
様子を見ることすらできない状態になっている。
ウィルだけでなく、李苡やアリスなどの姿も敵の大群に囲まれてしまい見えなくなった。
ゴオオオォォ!!
その時、ウィルが落下した辺りの敵の群の中から、天井に向けて大きな火柱が上がった。
あれはウィルの火炎放射であろう。
見えない仲間に自分の無事を知らせるための合図だ。
これで一安心は出来たが…いよいよ本当に兄さんの所へ行く手段も無くなってしまった…
とにかく今は、この果てない敵の波を乗り越えていくしかない…
――――――――……
「はぁ…はぁ……クソっ!!本当に…きりが無いな…畜生っ…!!」
あれからしばらく戦い続けたが敵は溢れて、全く減ってきた気配すらも感じない。
しかも体力はもう限界に近い、敵からの攻撃も何箇所か受けてしまい、
血が口や頭、手足からダラダラと流れている。
服も切り裂かれ、ズボンや上着なんかも所々切れてしまいもうボロボロだ。
武器のカギヅメに付いている血液はもはや敵のものなのか自分のものなのかも分からない。
李苡やウィル…特に戦闘の経験があまり無いアリス…皆無事だろうか…っ
クソッ……意識が朦朧としてきた…!
「おい見ろよ、もしかしてこいつ女じゃねぇか?」
「マジかよ!お、本当だ…服がいい感じに切れてるじゃん」
やめろ…!来るな…っ来るなっ!!!
声が出ない…!立っているのがやっとだ…目の前の敵も…焦点が定まらない……っ
「もう限界らしいぞ、フラついてやがる」
「こいつ抵抗できないんだったら脱がしちまえよ」
「そうだな…」
ヤメロ…!何をする気だ…!!触るな…っ触るなっ!!気持ち悪い…っ!!!
やめろっ!ヤダッ!!ヤダ…ッ!!!
「俺に……触るな…っ…殺すぞ…っ!!」
「動けないくせに何言ってんだよ」
「おい早く脱がしちまえよ、押さえとくから」
「やめろっ…!!」
「どうせだったらあっちのアイドルとか中国服の女がよかったな…」
「確かになぁ、今頃どうなってるんだか…」
「…っ!!!!」
李苡、アリス…!!
「李苡やアリスに手を出したら……お前ら全員ぶっ殺す…」
「な…なんだ…こいつ…いきなり目付きが変わりやがったぞ…っ!?」
「だ…大丈夫だろ…睨んだところでこいつはもう動けないはず…っ!!」
俺は湧き上がる怒りを、最後の力に代えて動き出した
「ウラアアアアァァァッッ!!!!」
「ガッ…!?グハアアァッ!!」
「グブッ!!」
汚い野郎どもは血まで汚い…
その手足を切り裂いて、地面に転がり呻く二人を俺は以前のような冷たい目で見下した。
しかし…これで……本当にもう…限界…だ………
暗い、暗い闇に堕ちていく
また…一人になってしまうのか…?
兄さん……兄さん………ごめん…な…さい……
『――――……』
『――――だ…―です…――か…』
何だ…?誰の…声…?
『―――だい…――ぶ…です…―か…?』
聞いたことが…あるような…
『――…大丈夫ですか?』
確か……あの時の…
「大丈夫ですか?ルナさん」
「あ…お前は……そうだ…セクハラか……」
「月詠です」
意識が一気に浮上し、目の前にいたのはあのミロカロスの男だった。
「大変な怪我だったのでもう少し到着が遅れたら危なかったですよ」
「待て…どうしてお前がここにいるんだ…!?」
「S隊の皆さんが任務に行った後、アリスさんの所属する事務所から連絡があったのですよ。
知らない間に事務所中の人達が突然の原因不明の睡魔に襲われ、目が覚めたら
アリスさんがいなくなっていた…ってね。それで、S隊の任務依頼は事務所のものではなく
偽造された依頼だったということが判明しまして、これはランクA〜Sの大きな事件とされ
特別任務専門である我らA隊が請け負うこととなりました」
「何故…この場所がわかった…?」
「実はサニーさんとルナさんの服に超小型発信機が付いてまして、その信号を頼りにやって来ました」
「発信機…?何故そんなものが…」
「悪く思わないでくださいね、仮入隊の人にはその仮入隊期間中はどこにいるのか分かるように
本人には秘密で超小型発信機を付けさせていただいているのです」
「そうなのか……そういえば…李苡とアリスは…っ!?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。すでに治療して意識は戻っています。
ルナさんの治療ももう少しで終わりますからね」
そう言ってあの時と同じような顔で笑い、回復系の技を青い光とともに発している。
こいつの能力は確かにすごい…あんなに怪我をしていたのにすでに血は止まり、
体力もほぼ完全に回復している。
…まぁ服はどうしてもボロボロのままだが。
「はい、治療完了です。立てますか?」
「ああ…」
そう言って俺は立ち上がってみて、また驚いた。
「嘘だろ…っ!」
あんなにいた敵の数がもう半分以下になっていた。
戦っているのはS隊ではなく、先程月詠が言っていたA隊の奴らだろう。
「私たちA隊は特別任務専門…つまりランクA〜Sの危険な任務を専門に行っている隊です。
そのため、グロリア軍でも最高の人材で結成されているのです。
まぁ、簡単に言っちゃえばとても強い人達しかいないってことですよ」
それでも…あの人数をたった六人で半分以下にまでしてしまうとは…!
「今回はG隊からも一人、特別任務に個人で抜擢されている方がいるのですがね」
「そいつも…強いのか?」
「ええ、そりゃあ勿論!そのうちA隊に抜擢されると期待されている人材です!」
「月詠ちゃ〜ん!早く来てよ〜!私達だけだと結構大変なんだから〜!!」
敵の群の中から何やら低い声なのに女のような言葉遣いで月詠を呼ぶ声がした。
仲間に呼ばれたことに気づいた月詠は苦笑いをしながら『やれやれ』と小さくため息をついた。
「はいはい、今行きますよ。ではルナさん、李苡さん達はあちらにいますから。
私も任務に参加しなくてはいけませんので…」
月詠はまたあの笑顔で軽くお辞儀をし、敵の大群の中へと突っ込んでいった。