遠い 遠い
昔の記憶
悲劇が始まる前の
幸せだった刻
桜の下で出会った光
わたしもあなたも もう おぼえていない
約 束
わたしはパパと手を繋いで歩いていた。
これからパパはお友達に会いに行くんだって。
わたしも行きたいって言ったら、『それじゃ、一緒に行こうか』って言ってくれたの!
お兄ちゃんはママとお留守番なんだ。一緒に行きたかったなぁ…
お出かけする時、わたしは長く伸ばした黒い髪の毛に、お兄ちゃんから貰った
お気に入りのピンクのリボンをつけて、大好きな可愛いスカートのお洋服を着てオシャレするんだよ!
すっごく楽しいの!だからわたしはお出かけするのが大好きなんだぁ!
そんなルンルンな気分で歩いてたら、なんかお空からピンク色の花びらが落ちてきた。
何かなぁと思ってお空を見上げたら…うわぁ…!!
「パパ!見て、すごいよ!!」
お空にピンク色のお花がたくさんあってすごくキレイ…!
あとで少しだけ持って帰ってお兄ちゃんにも見せてあげよう!!
「ここの桜はな、“万年桜”っていって一年中咲いてるんだってさ。
だから冬なんかに来ても花が咲いてるんだよ、不思議だよなぁ」
「ねぇパパ!お兄ちゃんにも見せてあげたいよ!!」
「そうだな、今度はお兄ちゃんも一緒に来れるといいな」
パパは笑ってわたしの頭をなでてくれた。
わたしはこの大きなパパの手が大好きなんだ!
「さてと、万年桜が見えてきたってことはもうすぐだな…」
それからまたいっぱい歩いたよ。
その間はずっとお空がピンク色のお花でキレイだったから
いっぱい歩いたのに何だか全然疲れないし、歩いてる時間もすごく短く感じたの。
「やっと入り口まで辿りついた…まったく、いつも思うがどんだけ広いんだよあいつの家は…」
「パパー、ここがお友達のお家なのぉ?」
「そう、ここにパパのお友達が―――…って言ってもまたここからが長いんだよなぁ…」
「そんなに遠いの?」
「この入り口から徨のいる本館までがまた遠くて…というわけで、
パパはちょっとお友達の所まで行ってくるからここでいい子に遊んでてくれないかなぁ?」
「わたしも一緒に行くー!!」
わたしがそう言うとパパは困ったような顔をした。
それでもパパのお友達さんに会ってみたいもん!
「あのな、パパのお友達はすっっっっっごく怖いおじさんでな…
実はここにはパパ一人で来るって約束だったんだ…だから今回は我慢してくれな?」
うう〜…会ってみたいケド……
でもパパが困ってるし…それにお友達さんとの約束って言ってるし…
「………わかった、お友達さんとの約束はやぶっちゃいけないもんね」
「いい子だなぁ!今度はお兄ちゃんも連れてきて皆で会いに行こうな!」
「今度はわたしとのお約束ね!」
「ん!お約束!!はい、ゆーびきーりげーんまーんっと!!」
パパはわたしとゆびきりげんまんをして、大きな手でわたしの頭をなでてくれた。
「じゃ、すぐに戻ってくるから、迷子にならないように気をつけるんだぞ!!」
「はーい!!」
パパはすごい速さで走っていった。
あんなに速く走らないとお友達の所まで着かないのかな?
わたしはパパを見送った後、ぽつんと一人になってしまった。
一人なのは寂しいけど、周りの万年桜がすごくキレイなので嬉しくなった。
「お空が全部ピンク色だぁ…!」
見上げてみると、お空にまで伸びたピンク色の桜でいっぱいだった!
わたしはピンク色が大好きなんだ!だって、大好きなお兄ちゃんと同じだから!!
お兄ちゃんの髪の毛と、この桜の色は同じピンク色
でもね、わたしの髪の毛は真っ黒なんだ
パパもママも、周りの人もみんな真っ黒なの
それで…お兄ちゃんは………
「あ…あの……貴殿は…何か御用か?」
え…?あ、あれ?ぼーっとしすぎて声をかけられるまで気がつかなかったけど…
この人…えっと、誰だろう?このお家の人かな…
わたしよりも背が高くって、髪の毛は緑色ですごくキレイな顔の…えっと、多分男の子かな?
きちんと髪の毛の先も切り揃えられてて、目はわたしと同じ赤い色をしてる。
「えっとね、わたしパパと一緒に来たの!」
「お父上はどうされた?もしや迷子かな?」
「パパはね、今このお家にいるお友達さんの所へ行っちゃって、
わたしはお友達さんとのお約束で今日は会えないからここで待ってるの!」
「…もしかして、貴殿のお父上とはブライト殿のことか?」
「うん、そうだよ!なんで知ってるの?」
「ブライト殿はよくここにいらっしゃるからな。
貴殿のお父上のご友人とやらは拙者の父上のことだと思うぞ」
「わたしのパパのお友達は、あなたのパパってこと?」
「うむ、そういうことだ」
「それじゃあ、わたし達もお友達ね!!」
「………え?」
わたしは新しいお友達の手を握った。
すごく温かくて優しい手だった。なんだか、とても安心する…。
「あ…あの…!は、離してくだされ…っ///」
お友達は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
どうしたのかな?具合が悪くなっちゃったのかな…?
「どうしたの?お熱があるの?」
「だ…大丈夫だから…その…手を……///」
「…わたしと手を繋ぐの…イヤ?」
「あ…っ!違うっ!!そ…そういうわけではなくて…っ!!
拙者の手は…貴殿と違って汚いから…嫌な思いをするのではないかと思って…!」
「え?全然汚くないよ?」
「しかし…まめや傷だらけの手なので……」
そう言うとお友達は自分の手のひらを見せた。
まだわたしとあまり変わらない小さな手にはたくさんの傷とまめができていた。
「刀を握る者の手とは、なんと痛々しいものか…」
「わたしは、あなたの手すごく好き」
お友達が見せた手のひらに、もう一度自分の手を重ねた。
「え……?」
「だって、こんなに温かくて優しい手だもん!」
お友達は少しだけ戸惑ったような顔をしたけど、その後で優しく笑ってくれた。
「ありがとう」
でも、なんとなくだけど…その笑顔は少し寂しそうな感じがした……
「ねぇ、あなたはお友達さんっている?」
「うむ、いるぞ。三年前にこの家に来た…歳は拙者と同じ九つだ」
「じゃあ…なんでそんなに寂しそうなの……?」
「…貴殿には、拙者がそのように見えたのか?」
「うん…あなた、すごく寂しそうな顔で笑うの…」
「………さすがはブライト殿の子だな」
そう言ったお友達は、わたしに優しく微笑んでくれた。
でも…なんか寂しいよ…、よく分からないけど…優しすぎて、だから寂しいの…
「拙者は…時々分からなくなるのだ…。拙者は、何のために存在しているのか…
誰が喜んでくれるのか…何故、生まれてきたのか…」
「どうしてそんなこと言うの…?だって…そんな悲しいこと…ダメだよ…」
「そうだな、悲しいことだ。しかし、拙者が生まれたことにより母上は命を落としたのだ。
父上はさぞ生まれてきた拙者を恨んだことだろう…そしてその先も、拙者の大切な人は
皆、拙者の存在のせいで歯車を狂わせてしまった。…先程申した拙者の友も、その犠牲者だ…。
そんな、大切な人達を苦しめるだけの存在が何故生まれてきたのだろう…そう思ってしまうのだ」
そしてまた、優しく微笑みかける。温かいのに、すごく寂しい。
壊れそうなくらい優しすぎるその目は、まるでお兄ちゃんのようだった。
『ボクは…どうして生まれてきちゃったのかなぁ……ボクがいなければ、みんな…
パパもママも…そしてキミも、誰も苛められなくてすんだのに…
ボクのせいで、みんなを苦しめるなんて…どうして……ただ色が違うだけなのに…』
ああ、そうだ
この人は、お兄ちゃんと同じ目をしてるんだ
お兄ちゃんと同じ微笑み方をするんだ
だから こんなに 優しくて 寂しいんだ
「わたしのお兄ちゃんも…あなたと同じこと言ってた……あなたと同じ目で笑うの…
優しくて…優しすぎて寂しい目で笑うの…」
泣けない代わりに 笑うんだ
お兄ちゃんも、この人も…
「生まれてきちゃいけない人なんて…絶対にいないんだよ…
自分を必要とする誰かが…絶対にこの世界にはいるんだって…パパが言ってたもん…!」
だから…もっと笑ってほしいよ…
お兄ちゃんにも、この人にも…
「…貴殿は、兄上のことが好きか?」
「うん…!すっごく大好きだよ!ママもパパも、お兄ちゃんのこと大好きなの!!」
「ならば、その兄上は生まれてきた意味も、存在する意味もきちんとあるではないか。
貴殿の兄上は母上や父上、そして貴殿に必要とされている。
それはとても幸せなこと…誰かに必要とされていればその存在が消えることはない」
お友達さんは優しくそう言った。
難しくてよく分からないけど、
なんとなく、わたしにも分かったような気がする。
「どんな事情かは知らぬのであまり気の利いたことを言えぬが…
少なくとも貴殿の兄上は家族に愛されている、それだけで生まれてきた意味があるのだ。
そのことを、どうか忘れないでほしい」
「…じゃあ……あなたのパパや、あなたのお友達も…きっとあなたを必要としてるはずだよ…!」
わたしがそのことを聞くと、お友達さんは今までのような寂しい笑い方じゃなくて
もっと…もっと、悲しそうな目で微笑んだ。
「……そう、願い続けたよ。ずっと」
その声が、わたしの中に冷たく響いた。
泣いてる
きっとこの人は心の中の暗い場所で、ずっと一人で泣いてるんだ
ずっと…冷たい世界で泣いてるんだ
「……大丈夫…だい…じょうぶ…だよ…っ」
どうしてか、わたしは泣いていた
「ど、どうしたのだ…っ!?何故泣いている…?どこか痛いのか…っ!?」
「わたしが…代わりに泣いてあげるから……!だから…もう泣かないでよ…!!」
「……拙者が…泣いている……?」
「あなたは…泣けないから…泣く代わりに笑うんでしょ…?
涙を流すことも…できなくなっちゃったくらいに…あなたは遠いところにいるんでしょ…?」
「……………」
「遠くにいたら寂しいよ…っ」
わたしは自分でも何を言っているのか分からなかった。
でも、どうしても言わなくちゃいけないような気がしたから…
お兄ちゃんにはパパもママもいる
お兄ちゃんの傍にいてくれる
でも…この人は…この人には……?
『拙者が生まれたことにより母上は命を落としたのだ』
『父上はさぞ生まれてきた拙者を恨んだことだろう』
『…先程申した拙者の友も、その犠牲者だ』
『そんな、大切な人達を苦しめるだけの存在が何故生まれてきたのだろう』
誰も…いないの……?
本当に…一人ぼっちなの……?
「……遠くにいたら寂しい…か」
その、優しくて温かい手で…そっと涙を拭ってくれた
「確かに…遠くにいるのは寂しいな……」
優しすぎる声に、また涙が一粒こぼれた
きっとこの人の声は、誰にも届かないものだったんだ
「うん…あなたはここにいる…大丈夫、ちゃんと声も…聞こえてるよ……?」
「……ありがとう…」
大丈夫、あなたの声はわたしに届いてるよ
ちゃんと…届いてるよ……
「あっ!いいこと思いついたよ!!」
「な、何だいきなり…っ!?」
「わたしがおっきくなったら、あなたのお嫁さんになってあげる!」
「っ!?」
「そうすれば、あなたも一人ぼっちじゃないよ!わたしがずっと傍にいてあげるよ!!」
わたしがそう言うと、お友達さんは笑ってわたしの頭を軽くポンポンと叩いた。
「気持ちは誠に嬉しいが、そういうことは簡単に言ってはいけぬぞ?
婚約とは生涯を共にする大切な約束だ。貴殿はこれから生きていく上で沢山の人と出会うだろう。
その中できっと貴殿が心から生涯を共にしたいと思える人が現れる。
だからその時まで、そういった大切な約束の言葉はとっておいた方が良い」
「…難しくてよく分かんないよぉ?」
「つまり、拙者にはもったいないということだ」
「?」
「貴殿はよくできた人だ。ここまで洞察力の優れた者は中々おらぬ。
これから先、拙者なんかよりも良い人と出会うべきであろう」
「??」
やっぱりこの人の言うことは難しくてよく分からないや。
でも、なんか元気出たみたいでよかった!
「そうだ、貴殿には何かと励まされたのでお礼をせねばな」
そう言って、お友達さんは首から提げていたもの…着物の中に隠れていたので
よく分からなかったけど、すごくキレイなペンダントみたいなものをわたしにくれた。
お月さまみたいな形で、色は黄色のようなキレイな金色で、桜の模様が描かれてる…
「これは母上の形見だ」
「え…」
「誰が拙者に持たせてくれたのかは分からぬが、
物心ついた時にはすでに肌身離さず持っていたらしい」
「ダメだよ!そんな大切なもの貰えないよ!!
これはあなたのママがあなたに残した大事な宝物なんでしょ…!?」
「確かにそれは大切なものだ。しかし、拙者が持っているよりも貴殿に渡した方がきっと良いだろう。
なんとなくだが、母上がそれを貴殿に託すようにと言っている気がするのだ」
「あなたの…ママが…?」
「うむ。そうでなければ名も知らぬ会ったばかりの者になど渡すまい」
「名前…あっ!そういえばわたしもあなたもまだお名前教えてないね!!」
これからもきっとたくさん遊びに来るから、お名前覚えてもらわないとね!
お兄ちゃんも、ママも、みんなであなたのところへ行くから…
「わたしの名前は―――――……」
わたしが名前を言おうとした瞬間、体がふわりと持ち上げられた。
「捕まえたぞ〜!俺の可愛いお姫様!!」
「パパ!!」
「ブライト殿…!」
パパはニッコリと笑ってわたしを肩に乗せた。
「よぉ、お前も久しぶりだな!元気にしてたか?」
「お久しぶりです。ブライト殿もお元気そうで何より…」
「相変わらず堅苦しいのなぁお前は!そういうとこばっか徨にそっくりだぜ!」
「そこの姫君も、貴殿にそっくりでしたよ」
「そうか?俺的にはこの可愛さは母親譲りだと思うんだけどな〜!」
パパと話すお友達さんは何だか嬉しそうだった。
わたしもパパとお話するとすごく元気が出るの、お兄ちゃんもそう言ってた。
やっぱりすごいなぁ!パパはみんなを元気にさせる魔法が使えるんだ!
「パパ、もう帰るの?」
「そうだな。もう遅いし、あんまり遅いとママとお兄ちゃんが寂しがっちゃうからな」
「そっか…」
お兄ちゃんとママが寂しいのもイヤだけど…
わたしが帰っちゃったら、このお友達さんはまた一人ぼっちになっちゃうのかな…?
「大丈夫だよ」
わたしの心配そうな顔を見て考えてることが分かっちゃったのか、
お友達さんはわたしの心の中の声に笑顔で応えてくれた。
「ああ、そうそう。俺からもお前に言いたいことがある」
「…?」
「子供は子供らしく生きればいいんだ。泣きたい時には声を上げて泣いちまえ、
そうやって強くなるんだよ。自分の存在とか、生まれた意味とか、んなこと大人にだって
難しすぎる問題だ。子供がそんなことで悩むなよ、お前はこれから長いんだ。
お前は必ず皆から必要な存在になる、だからもっと自分に自信持て!!」
「ブ…ブライト殿…っ!?もしや先程の会話…っ!!」
「ごめん、結構前から聞こえてた。用事自体はすぐ終わっちゃって娘を迎えに来たんだけど
登場するタイミングがなかなか掴めなくて〜…あー、でも遠くにいたから所々にしか
聞こえてないよ、うん。全部聞くのはなんか悪い気がしたからさぁ」
「〜っ!!///」
「まぁ安心しろ。ホントに全部は聞こえてなかったからさ!」
「し…しかし…っ!!」
「はっはっは〜、じゃあ二人の思い出が俺によって汚される前に帰りますか〜」
何故かパパは楽しそうに、そしてお友達さんは恥ずかしそうにしてた。
「あー、それともうひとつ」
「な、なんですか…?」
「少なくとも俺はお前のこと、すっげー大切に思ってるよ!
お前はもう一人の俺の息子みたいなもんだ、それだけは忘れんな!」
パパのいつもの明るい笑顔と明るい声。
お友達さんは一瞬固まって、でもその後すぐにとても嬉しそうな顔で笑った。
「お友達さんっ!!」
わたしはパパに降ろしてもらって、お友達さんのところへ駆け寄った。
「お名前、今度会うときに教えるね!だから、あなたも今度会うときに教えてね!」
「何故だ?今ここで…」
「ダメ!お楽しみにしておくの!そっちの方が次に会うとき、絶対楽しいから!!」
「貴殿がそうしたいのなら…」
「うん!それじゃ、約束ね!!」
大きなこの桜の木の下で、あなたと約束
「ゆぅーびきぃりげぇーんまーん!!」
次に会うとき お名前 教えてね
この大きな桜の 木の下で
……………――――――――――――――――――――……………
………―――――――――――――………
……―――――――――……
…――――…
……
遠い 遠い
昔の記憶
約束は未だ果たせずにいる
あれからあの場所へは行かなかった
もう、悲劇が始まりかけていたから
今では何も覚えていない
あの頃のことなど
思い出せないくらい 深い闇へ
ただひとつ、月に舞う桜の首飾り
誰から貰ったのか
何故自分が持っているのか
どんな価値があるものだったのか
もう覚えていない
しかし、それだけは大切に持っている
何故か
分からない
自分は、もう昔のように純粋ではない
汚れてしまった
だからきっと
その約束も果たせない
どんな約束だったのかも 思い出せない
わたしもあなたも もう おぼえていない