ただ 僕の存在を 知ってほしかった
ただ 拙者の気持ちを 分かってほしかった
そんな願いも
大人達には聞こえない
桜の夢
夢幻が来てから五年の歳月が流れた。
二人はもう十歳を超える歳となり、外見も内面も少しずつ大人に近づいている。
背も伸びて、まだ少し幼さが残る顔も段々と男らしくなってきた。
五年前に比べ、麗も落ち着きのある少年にとなっていった。
しかし相変わらず夢幻は冷たい目のまま、子供らしくない子供であった。
「麗様、刀のお稽古いつもお疲れ様です」
淡々とした口調も全く変わらず、いつでも冷静沈着を装っていた。
「夢幻、何度言ったら分かるのだ?拙者のことは呼び捨てで構わぬ」
「いいえ、それは出来ません」
「ではせめてその敬語を止めにしてほしいのだが」
「それも出来ません」
こんな会話を幾度となく繰り返すが、夢幻の答えはいつも同じだった。
麗も段々夢幻に対し、何となくだが違和感を感じていた。
機械的な行動や口調など、麗が見てきた夢幻は友達というよりは使用人に近い感じがした。
そして、夢幻自体の意思表示というものも、麗は一度も見たことがなかった。
「どうやら拙者達、似ているらしいな」
麗は何をどう考えてこんな言葉を唐突に発したのか、夢幻には理解できなかった。
「…もとは同じ血筋で、今は同じキルリアですから。多少は似ているでしょうね」
「外見のことではなく、生き方というか…まぁ、考え方とかだ」
ますます夢幻には理解ができなくなってきた。
自分と麗とでは正反対の存在なのに、似ているところなどあるわけがない。
「大人には見えないことも、子供同士だと結構見えるのだな」
「麗様、僕には理解が出来ないのですが」
「拙者もよくはわからない、でも何となくで感じていることはある」
「何をですか?」
「拙者も夢幻も、誰かに…自分のことを分かってほしいって思ってるのではないか?」
「!?」
夢幻はその麗の言葉に驚いた。
本当に自分がそう思っているのかどうかは分からないけど、無意識にそれを求めてはいたのかもしれない。
その証拠に、今の麗の言葉が心に重くのしかかったように感じた。
「もう五年の付き合いだ、夢幻にも分かっているだろう。
拙者は父上にとってただの『跡継ぎ』なのだ。それ以外の感情など、父上は拙者に持っておらぬ」
「……………」
「時々思うのだ。拙者は何のために存在しているのかと」
麗は舞い散る桜の花びらを握り締めた。
「ここに、自分の意思などありはしないのだ」
「!?」
それはまさに今までずっと自分が思ってきたことだった。
夢幻も、麗も、無意識のうちに同じことを心の奥で思っていたらしい…
「拙者は今までずっと父上の言うとおりに生きてきた。常に刀の稽古に励み、勉学に勤しみ、
この本家の敷地外には出るなと言われ、その通りにこの家に縛られ続けてきた。
それで、父上が拙者の存在を許してくれるなら…そう思っていた」
麗は握り締めた手をそっと開いた。
その手の中から、桜の花びらがヒラヒラと力なく地面に落ちた。
「しかし、父上が拙者を許すことはなかった」
夢幻は地面に落ちた花びらをただじっと見つめ続けていた。
「多分、一生父上は拙者の存在を認めてはくれぬだろう…
ならば、拙者は何故ここに存在しているのか…拙者の存在というものを、誰が望んでいるのだろうか…」
「存在の…意味……」
「そう、存在の意味だ。拙者は、温もりというものを知らぬ。
誰かに『愛された』記憶などないのだ……。そんな、誰からも愛されぬ、温もりもしらぬ、
この拙者の手は…冷たい刀を握るためのものなのだろうか…?
…そう考えたら、何故ここに存在しているのか分からなくなってしまった…」
麗の言葉は、夢幻が心の奥底で考えていたものと全く同じだった。
そこでやっと、先程の麗が唐突に言い出した『似ている』という言葉の意味を理解した。
「拙者らはまだ無力な子供だ。大きな力に逆らうことなど出来ぬ…
故に自分の意思などは無いも同然…子供である拙者らは、大人に支配されているのだ」
知っていた。分かっていた。
そんなこと、ずっと前から。
自分達は無力な子供で、絶対的な力を持つ大人に支配されていたことも。
この事実が夢幻の心に深い闇となり、渦巻いていた。
どうしようもない現実に、どんな感情を抱けばいいのかも分からない。
泣けばいいのか 怒ればいいのか 恨めばいいのか 憎めばいいのか
葛藤する、今更湧き上がってきた感情達が夢幻の心を蝕んでいく。
「だったら…どうしろって言うんだよ…っ!!」
「夢幻…?」
今までの淡々として冷静な口調だった夢幻が、いきなり別人のように喋りだした。
「今更どうすればいいんだよ…っ!!もう『子供』であることも『自分』であることも
捨てたのに…っ!それなのにまだ大人は僕を支配する!!何が本家だ…何が分家だ…っ!
僕は僕なのに…僕は『夢幻』なのに…っ誰も…誰も僕の存在を認めてくれない…っ」
泣いているのか、怒っているのか、恨んでいるのか、憎んでいるのか
自分でも全く分からない感情を、ただ狂ったように叫ぶしかない。
こんなことしか出来ない自分を、酷く哀れに、そして無力に思った。
「拙者は、知っているぞ。『夢幻』という少年の存在を」
風が吹き、地面に落ちていた桜の花びら達が一斉に宙を舞った
「…え……っ?」
「夢幻はちゃんとここにいる、存在している。今ここで生きている。
拙者はそれを知っている」
「何を…言ってるんだよ…っ!?」
「出会った時のこと、覚えているか?」
「何なんだよ…意味分からない…っ!!」
「拙者はあの時、夢幻の手をとった」
「それが…どうしたっていうんだよっ!」
「すごく、温かかった」
麗は少しずつ、発狂している夢幻に歩み寄った。
「初めて…温もりというものを知った」
「……っ」
「これが、生きている証…ここに存在している証なんだって…思った」
「…分からない…分からないよ……そんなこと…」
「夢幻は拙者に人の温もりを教えてくれた。友達になると言ってくれたときから、
初めて拙者にも存在する意味が持てるのかもしれないと、光を与えてくれた」
「…めでたい奴だな……!僕がお前の友達になるっていうのも、僕の意思ではなく
大人に決められたことだったんだよ…っ!!僕はお前の『友達』という名の『玩具』になるためだけに
生まれて、そしてそのためだけに育てられたんだ…っ!!
僕が本当にお前の友達になるとでも思ったか…!?そんなわけないだろう…っ!!」
夢幻は本当のことを話してしまった。
分家である自分は、本家のただの玩具として育てられてきたことも…
「これはただの友達ごっこだったんだよ…!今までの友情は全部お芝居さ…っ!
お前が一方的に僕を友達と思ってる姿は本当に滑稽だったよ!!
本当の『僕』はお前に会う前からお前を憎んでいたんだ…!
僕はお前が大嫌いなんだよっ!!友達だなんて思ったこと、一度もないんだよっ!!!」
息を切らしながら全てを出し切り、これで麗に復讐できたと思いつつも
何故だか夢幻の心の中はまだ暗い闇が渦巻いている。
夢幻は顔を伏せた
裏切られたことによる麗の失望する顔が見たくて、言ったはずなのに
何故か夢幻は麗の顔を見ることができなかった。
「全部、知っていたよ」
それは夢幻が想像していた言葉ではなかった。
夢幻は驚き、伏せていた顔をバッと上げ、麗の顔を見た。
すると、桜が舞い散る中で麗は微笑んでいた
「分家の人と本家の人が話しているのを…聞いてしまったのだ」
「いつから…知ってた……」
「四年前の丁度この時期だ」
「知ってたのに……お前…僕のこと…」
「今も変わらず、拙者はお前を友と思っている」
「嘘だ…嘘だ……っ!!そんなこと信じないぞ…っ!!」
「お前が拙者を嫌いなのも、憎んでいるのも、知っていた…
それでも拙者はお前の友でありたい…!この深い溝を埋めることは容易ではない…
本家の者に代わり、そしてお前の友として、お前に償いもしたいのだ…!!」
「信じない……っ!!絶対に…信じないからなっ!お前なんか…お前なんかっ!!!」
そう叫んで夢幻は森の方角に走り去っていった。
「夢幻っ!!」
闇雲に走り去る夢幻を追って、麗も本家の庭から出て行った。