今宵の月も美しく
散りゆく桜花は幸せか
「桜か…こんなところにあったとは…」
今日は任務が遅くなってしまい、真夜中の帰宅となった
眠気もないので基地周辺を歩いていたときにそれを見つけた
泉に存在している大きな木
それは象徴のように誇らしく在る
あまりここには来ないので、あれが桜の木だということを初めて知った
美しく誇らしく
そして儚い
「…散り際か」
桜は拙者にとって特別なものだ
本家の庭には桜の木が数え切れぬほどあった
幼い頃よりそれに囲まれて育った
そして、幼きながらも拙者は思った
美しく誇らしく咲くこの花は可哀相だ
短い命を同じ場所で過ごし
ただ儚く散るばかり
最期まで美しく
それはこの家と、この血筋と、逃げられずにいる自分に似ていた
この本家も桜だ
美しく、誇らしく在り
一生をその華の中で過ごし
穢れることなく散りゆくのだ
最期まで何も知らず美しいまま
こんな華はいつか絶えるであろう
何も知らず美しいままを望むなら
外に出て穢れることを恐れるなら
この様にしか生きられない華ならば
いっそのこと全て散ってしまえばいい
幼い自分は強く願った
「麗…?」
桜を見て昔を思い出し、遠くなっていた
美しい月に気づかぬとは…
「ルナ殿…どうした?こんな夜遅くに…」
「桜…もう散りそうだったから…」
拙者は桜のように美しく在ることを捨てた
外に出て生きることを選んだ
「桜花とは…散り際が一番美しいものだ」
「…俺は嫌だ。好きだから、ずっと咲いていてほしい…」
外は美しいものばかりではない
しかし華の中にいるときよりも美しいものも沢山ある
「どうして桜が好きなのだ?」
「麗に似てるから…」
「拙者に?」
「似てる…なんとなくだけど…」
君は何よりも美しい
華の中には決して存在しない、美しい月
「拙者は、散りゆく桜になれたらいい。美しく散らずとも良い。
雨の重さに落ちるのも、幼子の手で千切られるも」
ただ一つ願うなら
今宵のような美しい月に照らされながら
「拙者は怖いのだ…散りゆく桜花の美しさが…君に似ているから」
君の冷たい頬に手を伸ばす
氷のような体温と赤い瞳
「君の美しさは…儚さゆえのものなのか…?」
触れたら溶けてしまいそうな君
儚げで愛しい
「君は月だ。桜を照らす美しい月だ…だから…」
その魔的なまでに美しい
桜色の唇に口付けを
「どうか君は、散りゆく桜花を照らしてくれ」
どうか君よ 散らないで
散りゆくは拙者だけで十分だから
君よ もう泣かないで
悲しみは全部受け止めるから
どうか月よ 照らし続けて
散りゆく儚い夢の華を
「今宵の月は美しい、散りゆく桜花も幸せだろう」