約束
その言葉は何故こんなにも優しいのか
約束
懐かしくて、温かい
しかしそれと同時に少し悲しい響き
約束
幼い頃の記憶は言っていた
『だって、まだ“約束”が果たせてないもの』
『あの人はきっと待ってる。“わたし”の約束と“あなた”の約束』
誰と 何の 約束を
思い出すのは あの美しい花吹雪だけ
月と太陽の物語
「…あ……ここ…は……?」
「ルナちゃんっ!!!」
暗闇から意識が浮上し、明るい光が眩しいと思った瞬間
俺の体に小柄な人がすごい勢いで抱きついてきた。
可愛らしい声を嬉しそうにあげている…その正体は兄さんであった。
「に…兄さん…?」
「よかったぁ!ホントに心配したんだからぁ…!!」
どうやらここはグロリア軍の医務室らしい。
白いシーツの敷かれたベッドの上に寝かされていた…まだ身体は少し重く感じる。
俺の周りには李苡、ウィル、夢幻、そして月詠の姿が見えた。
しかし、あと一人…麗の姿はそこになかった。
「まったく…突然いなくなったと思ったらこんな状態で帰ってくるとはね…!
こんな寒い日に雪の中を探し回った私の身にもなりなさいよ!!」
「こいつな、一番お前のこと心配してスッゲー必死になって探してたんだぜ?
今はこんなこと言ってるけど、あの時はもう顔面蒼白!!って感じでさぁ…!!」
「余計なこと言うんじゃねぇ!!バカ恐竜っ!!!!」
「ぐはぁっ!!」
李苡の見事な回し蹴りによって吹っ飛ばされるウィル。
…何だかこのやり取りも久しぶりのように感じる。
「李苡、寒いのが苦手なのにこんな俺のことを探し回ってくれたのか…すまない…」
「バカ!ここは謝るところじゃないでしょ!!」
「うん…そうだった。李苡、ありがとう…それにウィルも…」
李苡はいつもの強気な笑顔で笑ってみせた。
ウィルも李苡に蹴られた箇所を痛そうにさすりながらニカッと明るく笑った。
「ルナさんっ!!ああ!本当に良かった!!もう僕ルナさんに何かあったら
どうしようと心配で心配で…っ!!」
夢幻は言葉の途中でボロボロと泣き始めてしまった。
こんなに心配してくれる人達がいるなんて…俺は本当に幸せ者だな…。
「夢幻、ありがとう…俺はもう大丈夫だから、そんなに泣かないでくれ」
「は…はい…!すみません…男のくせに涙腺が弱くて…」
夢幻はゴシゴシと涙を拭った。
そして、泣いた後の真っ赤な目で優しく俺に微笑んだ。
その笑顔を見て、俺を助けてくれた麗のことを思い出し
今どこにいるのか訊こうと口を開きかけた時、月詠が温かい飲み物を差しだして言った。
「無事で何よりです、ルナさん。もう少しここへの到着が遅れたら危なかったですよ。
幸いにもルナさんが氷タイプだったのと、麗君が早くに発見してくれたから良かったものの…」
「スッゲーんだぜ麗の奴!俺らよりも早くルナを探しに行っててさぁ!!
でもどうしてルナの居場所が分かったんだろ?」
「きっと気配を追っていったのでしょう。彼は優秀ですからね、少しでもルナさんの気配が
残っているものを持っていれば後を追うことができるのですよ」
月詠のその言葉を聞いて、俺は麗に渡した合鍵のことを思い出した。
そうか、あの鍵に残った俺の気配を追ってきてくれたのか…
なんか…嬉しいな
「麗は…今どこにいるんだ?」
「麗君なら、貴女の無事を確認してから特別任務にA隊と向かいました。
ルナさんの治療をするために私が残ることになったので、代打として任務に参加しています」
「そうか…」
何故か、目が覚めたらすぐ傍に居てほしかったと思う。
あの時…麗に抱きしめられた感覚や温もりがまだ残っている気がした。
強くて、優しいあの腕が…すごく……なんて言ったらいいんだ…この気持ちは……
あの時に麗は微笑んでくれた…俺を受け入れてくれたんだ…
――――… すごく逢いたい
―――… ずっと一緒に居たい
何故そう思うのかは分からない。
とにかく、傍に居てほしい。あの声が聞きたい、あの笑顔が見たい…
自分でも何が目的なのか理解できなくて…胸が苦しくなる……
「ルナも無事に目を覚ましたことだし、私達も任務に行かなくちゃ」
「任務があるのか…なら俺も…」
「バカねー!そんな体で任務に行けるわけないでしょ!!
アンタは体力回復だけを考えて安静にしてなさい、こっちは大丈夫だから」
「ルナちゃんはゆっくり休んでてね!ルナちゃんの分までボクが頑張ってくるから!!」
「兄さん…ありがとうございます……」
「それにこのウィル様がいるんだから任務の一つや二つ楽勝だぜっ!!」
「皆さんに怪我をさせないよう、僕も頑張りますね!」
皆がとても明るくそして力強く笑う顔を見て、何だかすごく励まされた。
「皆、本当にありがとう。俺も早く任務に復帰できるように頑張るから…」
その言葉に皆で頷き、医務室を出て行こうとした。
医務室を出る前に李苡が俺に向かって言った。
「アンタが何で一人でフラフラと出歩って、何をしようとしたのかは訊かないわ。
でもアンタが聞いてほしいならいつでも言ってちょうだい。私で良ければ相談にのるわよ?」
そして、いつもの李苡とは違う優しい目でこう付け足した。
「何でも一人で抱え込むのはアンタの悪い癖よ?」
俺はまったくその通りだと思って苦笑いした。
李苡は笑顔でやれやれと小さな溜息をついて医務室をあとにした。
俺は月詠と二人、静かな医務室に残された。
差しだされた温かいココアを一口飲んで、心を落ち着かせようとした。
しかし、この胸の苦しさは消えなかった。
「月詠…なんか、俺…変なのかもしれない」
「何か不調ですか?」
「…胸が……苦しい…」
「胸と言っても種類がありますからねぇ…えーと、心臓ですか?それともバストですか?
まぁ私個人の意見としては後者の方が嬉しいのですが」
「違う…体じゃないんだ……もっと奥の方が…」
「…心、ですか?」
多分…と小さく呟いた。
両手は温かいココアの温度だけを感じていた。
「麗のことを考えると…すごく苦しい…けど、辛くはないんだ…
苦しいのに…なんか温かくて幸せなんだ……でも、霧がかかったみたいに
もやもやしてて…目的もないのに、麗の傍に居たいって…思うんだ」
俺がなんとかこの状態を伝えようと必死で言葉を探したが上手く説明できない…。
しかし月詠はそのことを聞いて、一瞬驚いたような顔になり少し考えてから
いきなりニヤニヤと笑いだした。
「そうですかぁ…うん、まさかこういう展開になるとは…」
「何をニヤニヤしている、気持ち悪いぞ…」
「ああ、これは失礼…」
そう言って月詠は持っている扇子で口元を隠した。
しかし何故こんなにも嬉しそうに笑っているのか…変態の考えることは分からん。
「ルナさんは、何をするにも目的がなければならないとお考えですね?」
「当たり前だ。目的がなければ行動もできないではないか」
「しかしルナさんは“ただ”麗君の傍に居たいと思うわけですね?
目的もなく、ただ一緒に居られればいいと…それに貴女は混乱している」
「…そんな感じだ」
「ああ若いっ!!若いっていいなぁ!!!」
「っっ!?」
笑いを堪えきれなくなったかのように月詠は医務室の壁に向かい手をバンバン叩いていた。
俺はその突発的な行動に驚き思わずビクッとして月詠を凝視した。
「失礼しました…あまりの感動と衝撃に耐えきれず、つい取り乱してしまいました…」
「そ…それは構わんが……結局俺はどういう状態なんだ?」
月詠は確信した顔で言った。
「それは“恋”ですよ」
俺は何を言われているのか理解できずに一瞬固まった。
恋…というのは、李苡が言っていた“恋愛感情”というものなのか…?
「恋…つまり貴女は麗君のことを“好き”ってことですよ。
友達や家族とは違う“好き”の感情を貴女は麗君に持っているわけです」
その言葉を聞いて、俺の心の霧が少し晴れた気がした。
―――― 俺は 麗のことが 好きなんだ ――――
自分の中でその考えが響き、何だか恥ずかしくなった…。
「何でも目的を求める必要はないのですよ。
ただ傍に居たい、その人の笑顔が見たい…それだけでいいのです」
「……月詠にもいるのか?そう感じる人が…」
その問いに、月詠は普段見せないような悲しい笑顔で答えた。
「昔に…ね……」
そう言っていつも右手に持っている赤い布のついた扇子を見つめた。
俺は何だかいけないことを訊いてしまったようで、謝ろうと口を開きかけたが
すぐに月詠はいつもの雰囲気に戻って明るい口調で言った。
「とにかくルナさん、心配することはありませんよ。
貴女が別に変なわけではない、その症状はむしろ正常なものです」
「…そうか」
月詠はどうやら謝られるのを阻止したいらしい。
なので俺はあえてその件については触れないことにした。
「最初のうちはわけの分からない感情にもやもやしたり
苦しくなったりするかもしれません、しかしそのうち慣れますよ」
「…俺、今までこんな感情…知らなかったから……どうしたらいいのか…」
「大丈夫ですよ、貴女がしたいようにすればいいのです。
恋に正しいも間違いもないんですから、貴女は貴女の恋をすればいい」
月詠は微笑むと、『若いって素晴らしい!』とか言いながら鼻歌を歌って
やたら上機嫌に医務室から出ていった。
一人残された俺は、窓の外の景色を見た。
白い雪はまだ降り続けている。でも、全然怖くない。
雪の中でいつも泣いていた少女はもういない
きっと今も記憶の中で花吹雪を見上げ笑っているだろう。
手にはまだ温かいココア
冷たい体に流れ込んでくる優しい温もりは麗を思い出させる
雪の中で感じたあの気持ちを 何度も心の中で響かせた
―――― 俺は 麗のことが 好きなんだ ――――
第二章
『過去』
完結
物語は第三章へと続いていく…